2013年5月1日

ジミ・ヘンドリックス4枚目の“ニュー・アルバム”

People, Hell & Angels - Jimi Hendrix
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ジミ・ヘンドリックス『ピープル、ヘル・アンド・エンジェルス』
◎もしもジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)が存命で70年代も第一線で活動を続けていたならば、どんな音楽をやっていただろう? 予定されていたマイルス・デイヴィスやギル・エヴァンスとの共演をきっかけにジャズに足を踏み入れた? あるいはヘンドリックス・コピー状態から独自のシンセ・ミュージックを生み出したエドガー・フローゼやマニュエル・ゲッチングのようにエレクトロニクス方面に転身する可能性もあったかも……といった妄想を抱いたファンは少なくないだろう。あまりにも早すぎた死を惜しむ声と、その後のシーンに与えた影響の大きさは、70年代から現在に至るまで数多くの編集盤や発掘盤がリリースされていることからも明らかだ。生前に残したオリジナル・スタジオ録音アルバムは3枚のみ、錯綜していた音源の権利が整理されてからの『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』『サウス・サターン・デルタ』(97年)『ヴァリーズ・オブ・ネプチューン』(2010年)といった“新作”を加えても、たったの6枚。このあたりが限界か……と諦めかけていた全世界のファンにとって、今回リリースとなる『ピープル、ヘル・アンド・エンジェルス(People, Hell & Angels)』は、まさに奇跡という言葉以外が見当たらない待望の“新作”である。

“ジミの真髄はライヴ”という説は今でも根強いが、少なくともエクスペリエンス解体以降の彼の主眼はスタジオ・ワークにあったといえるだろう。本作に収録された数々の音源は録音スタジオが多岐に渡っており、時期も68年3月から70年8月までと広範囲だが、その大半はヘンドリックスが多忙なライヴ・スケジュールの合間を縫ってスタジオに入り続けた69年に集中している。

本作のトップを飾るのは、ヘンドリックスがビリー・コックス(B)とバディ・マイルス(Ds)とのザ・バンド・オブ・ジプシーズでのフィルモア・イースト公演に向けて意気を上げていた69年12月にレコーディングされた「アース・ブルース」。このナンバーはドラムを差し替えてザ・ロネッツのバッキング・ヴォーカルを加えたヴァージョンが71年リリースのアルバム『レインボー・ブリッジ』に収録されたが、本作で聴けるのは3人のみの演奏による別テイクである。贅肉を削ぎ落としたファンクとでもいうべき演奏は、ヘンドリックスが来る70年代に向けてブラック・ミュージックの道を追求していたことを物語っている。68年3月に録音の「サムホエア」は、ヘンドリックスがプロデューサーも兼任した初の米国におけるセッションで誕生した。自身のバンド、エクスペリエンスとは別の可能性を探るために呼ばれたのは、バディ・マイルスと友人のスティーヴン・スティルス。しかしながら、本来はギタリストであるスティルスがベースを担当したこともあって本ナンバーはお蔵入りし、のちにセッション・ミュージシャンのオーヴァー・ダビングが物議を醸し出したアルバム『クラッシュ・ランディング』にヘンドリックス以外のパートを差し替えたヴァージョンとして世に出た。本作に収録されたのは別テイクで、少々たどたどしさが感じられるスティルスのベースも良いアクセントとなっている。

コックス&マイルスとの初セッションとなった69年5月に録音の「ヒア・マイ・トレインAカミン」は、彼らいわく“ニュータイプのブルース”で、ヘンドリックスが生涯をかけて追求した爆音のブルースを堪能できる。「ブリーディング・ハート」も「ヒア・マイ・トレイン~」と同じセッションで録音されたエルモア・ジェイムスのカヴァー曲で、70年代以降の彼がエレクトリック・ギターを捨ててソロでカントリー・ブルースを演奏するようになったら、という可能性を考えてみたくなるディープな演奏だ。「レット・ミー・ムーヴ・ユー」はヘンドリックスがソウル/ファンクの可能性を探求した実験的なナンバーで、サックス&ヴォーカリストにロニー・ヤング・ブラッドを起用しオルガン奏者とパーカッション奏者も加えた6人編成による緊張感あふれる高速ファンクを披露している。ウッドストックに出演したジプシー・サン&レインボウズのメンバーで69年8月にレコーディングした「イザベラ」と「イージー・ブルース」は、サイド・ギタリストと2人のパーカッショニストを擁しての集団インプロヴィゼーションを模索したヘンドリックスの奮闘ぶりを垣間見ることができる。

エクスペリエンスのノエル・レディング(B)と折り合いが悪くなったヘンドリックスは、自身でベースを弾いたり、あるいは別のリズム・セクションを呼び寄せることがあったが、ロッキー・アイザック(Ds)とビリー・コックス(B)という珍しい組み合わせで69年4月にレコーディングされた「クラッシュ・ランディング」は、そんな時期の産物である。なかなか思うようなパターンを叩けないアイザックにヘンドリックスは手を焼いたと伝えられるが、完成したテイクは決して見劣りするものではない。ヘンドリックスがベースを弾いた68年6月録音「インサイド・アウト」と、ベーシストが不明な69年3月録音「ヘイ・ジプシー・ボーイ」にも、定まらないボトムに対する苦悩が見え隠れする。

アルバート・アレンをヴォーカリストに起用して本格リズム&ブルースに挑んだ「モジョ・マン」、バンド・オブ・ジプシーズ編成でディープなブルースをキメた「ヴィラノヴァ・ジャンクション・ブルース」、そして国内盤のみのボーナス・トラックである20分のジャム・セッション「イージー・ライダー/MLKジャム(キャプテン・ココナッツ)」の3曲は、とかく〈ロック・ギターの改革者〉の面がクローズアップされるヘンドリックスの本質は、ソウル/ブルース/ファンク/R&Bだったことを再認識させてくれる。もしもジミ・ヘンドリックスが生きていたらという命題に対しては、“彼は本物のブルース・マンになっていただろう”という答えが最もふさわしいのではないだろうか。[鬼形 智/SD162]

ジミ・ヘンドリックス特設サイト(ソニーミュージック)
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ジミ・ヘンドリックス | ソニーミュージック
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